397番目のユニットが追加になりました。
396番目のユニットが追加されました。
395番目のユニットが追加されました。
394番目のユニットが追加されました。
393番目のユニットが追加されました。
392番目のユニットが追加されました。
新しい国立公園ユニットの候補が追加されました。
25セント硬貨
帰国します。
はじめに
11月7日、サラザール内務長官による献呈式が行われ、Patterson Great Falls(パターソン・グレート・フォールズ)が 国立歴史公園として正式に発足しました。グレート・フォールズは、パターソンの街を流れる
Passaic River(パセイック川)に位置する落差77フィート(23m)の滝で、その水力により米国産業革命の舞台となった場所の一つです。初代財務長官である
Alexander Hamilton(アレクサンダー・ハミルトン)がその水力を用いた産業振興の可能性を見出し、パターソンにはニュージャージー州初の水力を用いた紡績工場が建設され、その後パセイック川の水力は製紙、機械等の製造業の動力源として活用されました。しかし時の経過とともにパターソンは産業構造の変化に取り残され、衰退し、廃れていきました。今回の国立公園ユニット指定は、没落したかつての産業都市を新たに産業観光によって再開発しようという試みです。
11月1日、オバマ大統領は、1906年Antiquities Law(遺跡保存法)に基づき、バージニア州にある
Fort Monroe(モンロー砦)をNaional Monumentに指定しました。モンロー砦は、英米戦争の反省で戦後に海岸線防衛のために全国に建設が進められた砦の一つです。1819年から1834年にかけて建造が行われました。後に南北戦争で南軍の司令官を務めた
Robert E. Lee(ロバート・E・リー)も若き日に駐屯した場所で、戦後には南部連合の大統領であった
Jefferson Davis(ジェファーソン・デービス)を収監した場所ともなりました。この砦は南北戦争時に一度も南軍の手に落ちることがなく、1861年にここの司令官となった
Benjamin Butler(ベンジャミン・バトラー)少将は、逃亡奴隷を戦利禁制品として所有者に返還することを拒否したため、多くの奴隷がこの砦を通じて自由の身分を得ることとなりました。その後も海軍基地、陸軍訓練施設として使用されてきましたが、2005年に施設の閉鎖が決定され、この歴史的な施設の行く末が案じられていたときに大統領の決定が下りました。また訪れる場所が増えました。
8月28日、ワシントンDCに誕生した新たな記念碑、Martin Luther King, Jr. National Memorial(マーチン・ルーサー・キングJr.国立記念碑)が第395番目の国立公園ユニットとして追加されました。この日は、
キング牧師が人種差別の撤廃を求めてワシントンDCにある
リンカーン記念碑から行った"I Have A Dream"の演説から48年目に当たる日でした。当日予定されていた竣工式には、オバマ大統領の参加も予定されていましたが、残念ながら、東海岸を襲ったハリケーン・アイリーンのために延期されてしまいました。1996年に議会が建立を認めてから15年、多くの人々の寄付により、黒人初の大統領の下で、黒人初の国立記念碑が完成しました。この国の歴史に新しいページが刻まれた、そう思う人も多いのではないでしょうか。
12月14日にアーカンソー州Hope(ホープ)にあるWilliam Jefferson Clinton Birthplace Home National Historic Site(ウィリアム・ジェファーソン・クリントン生誕の家国立史跡)が第394番目の国立公園ユニットとして追加されました。このユニットは、2009年3月30日にオバマ大統領が署名したOmnibus Public Land Management Act of 2009(2009年包括公有地管理法)で、国立公園ユニットの候補として指定されていたものですが、この度、正式にその管理がこれまでこのユニットを管理していた
Clinton Birthplace Foundation(クリントン生誕地財団)から国立公園局に移管されました。
ウィリアム・ジェファーソン・クリントン生誕の家国立史跡は、第42代大統領ウィリアム・ジェファーソン・クリントンが誕生してから4年間暮らした家を保存する国立公園ユニットです。クリントン大統領はこの家で母親と母親の両親によって育てられました。生存中の大統領関係の国立公園ユニットとしては、
Jimmy Carter National Historic Site(ジミー・カーター国立史跡)に続き、2番目のものです。
昨年の9月30日にオバマ大統領によって署名されたOmnibus Public Land Management Act of 2009(2009年包括公有地管理法)において、いくつかの新しい国立公園ユニットの候補が追加されましたが、このうちRiver Raisin National Battlefield Park(レーズン川国立戦場跡公園)<ミシガン州>が10月22日に第393番目のユニットとしてオープンしました。地元の保存団体による保存活動に加え、オープンに必要な予算も迅速に確保できたことから、早いオープンとなったようです。
レーズン川の戦いは、英米戦争の最中、五大湖地方を巡る攻防戦の一つとして、1813年1月18日から23日にかけて行われた戦いで、イギリス軍と原住民の連合軍がアメリカ軍を打ち破った戦いです。およそ1,000名のアメリカ兵のうち敗戦後戦場から脱出できたのはわずか33名にとどまり、多くの負傷兵は原住民の襲撃を受けて殺害されてしまいました。この後、アメリカではこの事件はレーズン川の虐殺と呼ばれ、「レーズン川を忘れるな」がアメリカ兵達の合言葉になったということです。
10月28日にオバマ大統領の署名により、Defense Authorization Act(国防総省予算法案)が成立しました。この法案には、現在米軍の管理下に置かれているPort Chicago Naval Magazine National Memorial(シカゴ港海軍武器庫国立記念碑)を国立公園局に移管する内容の条項が含まれていました。これによってシカゴ港海軍武器庫国立記念碑は、392番目の国立公園ユニットになることが決まりました。
シカゴ港海軍武器庫国立記念碑といってもシカゴにあるわけではなく、サンフランシスコの近くのConcordという町にあるConcord Naval Weapons Station(コンコルド海軍武器補給所)という軍の敷地内にあります。この記念碑は、1944年6月17日の第2次世界大戦の最中、太平洋に向け出港準備中の軍艦2隻に砲弾を積み込み中、爆発事故が起こり、320名の作業員の命が失われたことを覚えるためのものです。この事故は、第2次世界大戦中に米国本土最大の犠牲者を出した事故としてアメリカの歴史に刻まれています。記念碑は、現在も現役の軍施設内にあるため、見学は残念ながら米国人に限られるようです。
(国立公園局のHP)
2009年3月30日にオバマ大統領は、Omnibus Public Land Management Act of 2009(2009年包括公有地管理法)に署名しました。この法律には、アメリカの公有地の管理に関する様々な変更点を規定したものですが、この中には3つの新しい国立公園ユニットの設立に関する条項が含まれています。
それら3つの新しい国立公園ユニットとは、
・Patterson Great Falls National Historical Park(パターソン・グレート・フォールズ国立歴史公園)<ニュージャージー州>
・William Jefferson Clinton Birthplace Home National Historic Site(ウィリアム・ジェファーソン・クリントン生誕の家国立史跡)<アーカンソー州>
・River Raisin National Battlefield Park(レーズン川国立戦場跡公園)<ミシガン州>
の3つです。
これらのユニットについては、主要な土地や建物などの管理権を国立公園局が取得した時点でユニットとして発足することとなっています。
パターソン・グレート・フォールズ国立歴史公園は、現在
ニュージャージー州の州立公園となっています。パターソンは、大きな滝のあるPassaic Riverの急流を利用して早くから繊維産業が起こった地で、アメリカの産業革命を記念する公園となる予定です。
ウィリアム・ジェファーソン・クリントン生誕の家国立史跡は、
クリントン大統領の生家を保存するユニットで、現在生家はClinton Birthplace Foundation(クリントン生誕地協会)が所有しています。同協会から生家が国立公園局に寄贈されれば、国立公園ユニットに加えられることになります。
レーズン川国立戦場跡公園は、英米戦争の最中、1813年1月18日, 23日に行われた
レーズン川の戦いの跡を保存する国立公園ユニットです。レーズン川の戦いは、Battle of Frenchtown(フレンチタウンの戦い)とも呼ばれ、イギリスがアメリカに勝利した後、後に残されたアメリカ兵生存者が原住民の虐殺にあった場所として知られています。
国立公園ユニットの数は、まだまだ増えることになりそうです。
アメリカの25セント硬貨は、1999年から各州を代表するデザインを裏面に使用したものが発行され、アメリカ在住の方にはこれを集めている方も多くいらっしゃるかと思います。その中には、その州を代表する国立公園のデザインが用いられているものもあります。2008年で50州1周しましたが、好評のため、2009年には、プエルトリコなどのアメリカ領のものが発行されるようです。
そうすると2010年からはどうなるのかと思っていたところ、今度は
50州及びアメリカ領の国立公園などをあしらった25セント硬貨が発行されることとなったようです。国立公園だけでなく、国有林や野生動物保護区なども対象となるようですが、ほとんどは国立公園ユニットから選ばれることになるでしょう。毎年5枚程度のペースで発行されるようですので、国立公園ファンの人にはしばらく楽しみが続きそうです。
→ 各州や海外領のデザイン対象が
決まったようです。2010年に始まり、毎年5か所が選ばれ、2021年まで続く息の長いものとなるようです。
今月一杯で日本に帰国することとなりました。留学時と赴任時の計5年間で、アメリカ全土にある国立公園ユニット391(2008年3月現在)のうち375を訪れることができました。何とか帰国までにそれらの紹介をと思い、1年にわたり記事を書き綴り、何とか帰国前に書き切ることができました。この間、50州、3海外領を訪れ、アメリカで訪れていない場所は、海外領2(サイパン島、アメリカ・サモア島)のみとなりました。(デラウェア州だけは、なぜか国立公園ユニットがなく、別の用事で訪問しました。)これだけの数を訪れると行くところまで行き着いたという感じがします。
残された16ユニットの内訳は、
ユタ州1
コロラド州1
ハワイ州1
アメリカ・サモア島1
アラスカ州12
です。
このうち、ユタ州1(Rainbow Bridge National Monument)とコロラド州1(Yucca House National Monument)を訪れることができなかったのは残念です。Rainbow Bridge National Monumentを訪れるには、ツアーボートに乗る必要がありますが、ゲートウェイとなるアリゾナ州のPageに到着したときには、ツアーボートは出た後でした。ツアーボートは夏の間しか運航していないため、その後も近くまで行く機会はありましたが、季節が合わず、訪れることはできませんでした。Yucca House National Monumentは、民有地にある国立公園ユニットで、かつて近くまで行ったときには、土地のオーナーが観光客の見学を認めていなかったため、見ることができませんでした。最近オーナーが変わり、かつてほどうるさくなくなったと聞いていますが、その後訪れるチャンスはありませんでした。アメリカ・サモア島は、南太平洋に位置し、ハワイで乗り継ぎが必要となるほど遠いところにあります。
また、アラスカ州12は、もはや飛行機をチャーターしなければ行けない、国立公園局の施設も一切ないところだけが残っており、資金面でも相当の負担が必要となるため、遠い将来の夢にとっておきます。391ユニット全てを制覇した人は、アメリカ人でも数えるほどしかいないようです。375も訪れることができただけでも幸いで、興味がないところもついてきてくれた家族に感謝します。
この391でさえ、将来新しいユニットが追加され、10年内には400に達することでしょう。既に準備が整えば、国立公園ユニットに加わる予備軍として、レーガン大統領の少年時代の家(イリノイ州)、クリントン大統領の生誕地(アーカンソー州)、キング牧師の記念碑(ワシントンDC)、アダムズ家の記念碑(ワシントンDC)、アイゼンハウアー大統領の記念碑(ワシントンDC)などが既に決まっています。これらは国立公園局への管理の移管や記念碑建設の資金集めと記念碑の建設が終われば、国立公園ユニットとして追加されることとなります。また、新たに法案と予算が可決すれば、新しい国立公園ユニットが追加されることとなります。現在でも多くの場所で将来の候補地としてスタディーが行われています。これまで毎年1箇所程度は新たな国立公園ユニットが追加されてきており、私にとって、国立公園ユニット制覇というのは永遠の課題のような気がします。
今後は、仮に、まだ訪れていない国立公園ユニットを訪れるようなことがあれば、再び記事をアップします。また、気が向けば、国立公園に関する記事をアップするかもしれません。当面は、旅行に際して、どこか訪れるのに良い所はないか、このユニットはどんな内容の公園か、このユニットに行くことにしたが概要がわかるような資料がないか、というようなときには、左側の州別の分類のところから手繰っていただければ、目的とするユニットに容易くたどり着けると思われますので、ご活用いただければ幸いです。
アメリカのNational Park Service(国立公園局)が管理する公園のユニット数は、2007年6月現在で、391あります。国立公園局が管理する公園には、様々な種類があり、いわゆる国立公園(National Park)のほかに、これに次ぐNational Monument(国定公園)、自然保護とレクリエーション活動との両立を図るNational Recreation Area(国立レクリエーション地域)、アメリカの歴史をテーマとする公園であるNational Historical Park(国立歴史公園)、歴史的な場所・建物などを保存するNational Historic Site(国立史跡)、歴史的な事件や人物を記念するNational Memorial(国立記念碑)、南北戦争などの戦場跡を保存するNational Battlefield(国立戦場跡)など、様々な種類があります。
1993-95年の米国留学期間も含め、これまで全米各地の300+αの公園ユニットを訪れました。国立公園は、多くの日本人の方が訪れ、数多くの写真とともに詳細な記録を残され、Webにアップされてます。それらを拝見し、せっかくこれだけの公園ユニットを訪れていながら、記録を残さないと、年月の経過とともに、記憶も風化し、このままでは記憶の残像のようなものしか残らないのではないかと思うに到りました。かつてはデジタルカメラなどはなかったため、フィルムの写真でしたが、現像代もばかにならないため、あまり多くの写真を撮ってきませんでしたが、これらの写真でさえ、10年の歳月を経ると色あせてきています。また、私は、各公園ユニットを訪れた際には、記念にスタンプをもらって帰っていましたが、スタンプ帳(Passportと呼ばれている)に押された印字もかすんできています。
このため記録も兼ねて、私がこれまで訪れた全米各地の300+αの公園ユニットを少しずつ紹介しようと思うに到りました。以前はデジカメもなく、フィルムの写真であったため、そもそも撮った枚数も少ない上、残してある貴重な写真も色あせてきています。このため、残念ながら、全ての公園ユニットについて写真が残っている状況にはありません。しかし、そこはネット時代、他の方々が私のものよりはるかにすばらしい写真を撮られ、Webにアップされているので、そちらを参照していただければと思います。(リンク切れがありましたら、ご連絡ください)。また、メジャーな公園については、Webには多くの日本人の方が詳細な記録を残されていますので、そちらを参照されるとより臨場感が伝わると思われます。私のサイトには、日本人の方が普段行かないようなところも多数登場しますので、何かの参考になればと思います。
公園ユニットは、私が訪れた順に紹介したいと思っています。このため、順番には規則性があまりないかもしれません。中には2度以上訪れている公園ユニットもままありますが、初めて訪れた順で紹介させていただきます。スタンプの日付が古いのに、写真が鮮明なものは、2度目にデジカメで撮影したものと思ってください。
自然をテーマとした公園ユニットは、行けば自然の美しさを堪能でき、楽しめますが、人物や歴史などをテーマとした公園ユニットは、その人物や歴史上の出来事を知らないと、今一楽しめないと思います。また、似たテーマの公園ユニットも存在し、それらについては違いが分からないと、楽しめないと思われます。その辺りにも留意しながら、紹介を進めたいと思います。
このサイトを通じて、少しでも、いろいろな場所に興味を覚えていただければ幸いです。
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