アメリカ・ヴァージン諸島の中で最も南に位置するSt. Croix(セント・クロイ)島の北岸にSalt River Bay(ソルト・リバー湾)と呼ばれる入り江がある。ここは、マングローブと珊瑚礁に囲まれた入り江で、急激に水深が深くなる古代の谷である。ここはかつてコロンブスが停泊し、原住民との衝突が起きた天然の港である。この入り江は、現在、Salt River Bay National Historical Park and Ecological Preserve(ソルト・リバー湾歴史公園・生態系保護区)として、その歴史と珊瑚礁とマングローブの林が作り出す豊かな生態系が保護されている。
この密林も最近のものらしい。18-19世紀にはサトウキビ栽培のため、島中の原生林が伐採されてしまったという。もともとは南米から移住してきたArawak(アラワック)族が暮らしていたが、ヨーロッパ人の進出により淘汰されてしまった。その後はセント・クロイ島と同様にデンマークの植民地となり、サトウキビ栽培が行われた。このため西アフリカから奴隷が導入され、1733年には大規模な奴隷の反乱が起きている。その後はセント・クロイ島と同様の歴史をたどり、砂糖産業が没落した後は、観光産業が芽生えようとしたが、観光開発が進む前に、1956年にLaurence J. Rockefeller(ローレンス・ロックフェラー)が島の多くを買い上げ、国立公園局に寄付した。このため、第2世代の森林が保護されて蘇っている。
ジャングルの中をハイキングするのもよい。レンジャー引率のツアーをとると、島の中央部に南のReef Bay(リーフ・ベイ)に向けて整備されているReef Bay Trail(リーフ・ベイ・トレール)を歩き、ジャングルを抜け、原住民の残したペトログリフ(岩に刻んだ絵)や昔の製糖工場の跡(Reef Bay Sugar Factory)を見学しながら歩くと、リーフ・ベイのビーチで一休み。
Buck Island Reef National Monument(バック・アイランド・リーフ国定公園)は、アメリカでも珍しいさんご礁の島を保護する国定公園である。ヴァージン諸島の一つセント・クロイ島から1.5マイル(2.4km)北に離れたこの無人島は、高さ100m、長さ1,800m、幅800mの小さな島で、6,000万年前の堆積岩により形成されている。かつてはヤギが飼われたりしたこともあるが、カリブ海の貴重な海の庭を保全するために、1961年にアメリカで初の海を保護する国定公園として指定された。
コロンブスによって発見されたセント・クロイ島は、フランス領となった後、ヴァージン諸島でプランテーション経営を計画するデンマークのDanish West India & Guinea Company(デンマーク・西インド・ギニア会社)によって1733年に買収された。翌年、Frederick Moth(フレデリック・モス)は、島の北東に港の建設に取りかかる。この港町は、国王クリスチャン6世にちなんでChristiansted(クリスチャンステッド)と名付けられた。セント・クロイ島は測量され、150エーカーずつに分割され、植民者に売却された。植民者は、ここにサトウキビを植えて、砂糖とラム酒の生産に励んだ。そして労働力として大量の奴隷がアフリカから導入された。クリスチャンステッドは、デンマークが1803年に奴隷貿易を廃止するまで三角貿易の中継点として大いに栄えた。砂糖、ラム酒はアメリカ、ヨーロッパに輸出され、アメリカ、ヨーロッパからは雑貨などがアフリカに中継され、アフリカからは奴隷がカリブ海にもたらされた。港を守るために、1749年には砦が築かれ、国王にちなみChristiansvaern(クリスチャンスバーン)と名付けられた。
デンマーク・西インド・ギニア会社による独占の植民地経営は植民者の間で不評で、1755年には国王直轄の植民地となり、国王任命の知事が派遣された。デンマークは中立政策と自由貿易政策をとったため、ヨーロッパでの諸国の対立を嫌う商人たちは、他の島から移住し、セント・クロイ島に貿易の拠点を移した。これらの結果、1760年から1820年ごろまで、ナポレオン戦争時に一時イギリスの占領を受けた以外は、セント・クロイ島の経済は貿易により潤い、多くの砂糖屋敷が立ち並んだ。奴隷制度もそれほど厳しくなく、補償金の支払いや主人の好意により自由な身分となるものも少なからずいた。Peter von Sholten(ピーター・ヴォン・ショルテン)は、この自由な身分の黒人を活用して軍隊を強化し、民兵や消防隊に編入した。
Christiansted National Historic Site(クリスチャンステッド国立史跡)では、繁栄を謳歌した18-19世紀のデンマークの影響を受けた町並みを保存しており、クリスチャンスバーン砦、デンマーク・西インド・ギニア会社倉庫、税関、検量所、ルター派教会などが保存されている。これらの建物の多くは、鮮やかな黄色の壁で統一されており、カリブ海の日差しに負けない鮮やかさを誇っている。